第2回ダイジェスト

身体舞台へ

2016.01.29

「ken-tic 建築的思考」の第一回「アート・キュレーションへ」では、建築的思考のひとつとして、“細分化と統合を繰り返す”というキーワードが挙げられました。このシンポジウム自体の主旨も、毎回のシンポジウムでゲストの皆さんから、「建築的思考とは何か」の断片となるヒントを獲得し、回を積み重ねていくことでそれらを統合しながら、「建築的思考」の全体像を描くことができればと考えています。
 第二回のテーマは、「身体・舞台へ」です。身体・舞台を共通項に仕事を展開されている御二方をゲストにお呼びしています。一人目は、田尾下哲さんです。田尾下さんは、東京大学工学部で建築を学ばれた後、同大学院学際情報学府の修士課程と博士課程を経て、その後はオペラを中心に、様々な演出の仕事をされています。二人目は、新居幸治さんです。新居さんは、多摩美術大学の建築学科を卒業された後、アントワープ王立芸術アカデミーでファッションを学び、その後は衣食住の関連性を考えながらファッションデザインの仕事をされています。

KEYWORD

text:南後由和

  • 単位を分割して、結合と分離を繰り返す。
  • 物質の循環、時間の流れを一瞬固定化して把握する。
  • 衣食住の境界を分けずに、全体性を捉える。
  • モノと身体を分けずに、モノと身体を媒介する動作へ着目する。
  • 音楽を視覚化し、身体の動作に翻訳する。
  • 他者性を織り込む。
  • ある分野から別の分野へ翻訳をする回路であるノーテーションの活用。
  • 専門家が集まっただけの学際とは違う何か。
  • 象徴や記号をコントロールする。
  • さまざまな関係性の中に潜むストラクチャーを抽出する。

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GUEST PROFILE

田尾下 哲
Tetsu TAOSHITA

1972年兵庫生まれ、横浜育ち。慶應義塾大学理工学部計測工学科中退。東京大学工学部建築学科卒業。同大学院学際情報学府修士課程修了、同博士課程単位取得退学。第20回五島記念文化賞オペラ新人賞受賞。西洋演劇、演出をミヒャエル・ハンペに学び、2000年から演出家としての活動を開始。2009年、『カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師』の共同演出/振付でヨーロッパデビュー。近年の演出に、オペラ『金閣寺』、芝居では平幹二朗主演『王女メディア』、オリジナル戯曲『プライヴェート・リハーサル』などがある。今後は『プリパラ』、『三銃士』、『後宮からの逃走』などが控えている。
Photo: 平岩亨

新居 幸治
Koji ARAI

1975年東京生まれ。デザイナー。1999年、多摩美術大学建築科卒業、JIA東京都学生卒業設計コンクール銀賞受賞。2006年、アントワープ王立芸術アカデミーファッション科卒業。アントワープモードミュージアムギャラリー、金沢21世紀美術館デザインギャラリーにて個展「Last Supper」を開催。帰国後、2007年に妻の洋子と共にファッションブランド「エタブルオブメニーオーダーズ」を立ち上げ、熱海を拠点に活動を始める。熱海の文化財建築・起雲閣や芸妓見番でファッションショーを開催。2012年、「Future Beauty 日本ファッションの未来性」展(東京都現代美術館)参加。2013年、アントワープ王立芸術アカデミーファッション科創立50周年企画展「HAPPY BIRTHDAY DEAR ACADEMIE」(MoMu・アントワープ)参加、「A Queen Within」(World Chess Hall of Fame・ミズーリ)参加。2014年、ダンスカンパニー・Noismの作品「カルメン」の舞台衣装を担当。衣・食・住の関連性への興味を独自の思考と感性で追究し、ファッションだけでなくインスタレーションなどでも表現している。
www.eatableofmanyorders.com

TALK

ジョン・ケージは上から見たドローイングを音楽に落とし込んでいき、それを譜面にしたのです。空間から音に落とし込むことをするわけです。ノーテーションという言葉になるのでしょうか、建築とは言えないかもしれませんが、このケージのやったことのように、空間がどう変化するかということに、自分が凄く影響されたと思います。
舞台は1時間や2時間というなかでの、時間の流れそのものをデザインしているように思います。
今日において解釈が素晴らしいとか、舞台美術やデザインが素晴らしいということはもちろんありますが、演出家に一番求められていることは、舞台で多くの場面をスムーズに繋げ、描き分けることが出来る能力だと思います。
建築の基本的な役割のひとつに物質循環を固定化することがあります。もしかしたら、時間や物質が流れているなかで、一瞬固定化するところに建築があるのかもしれません。
僕はキーワードとして「動作」というものを考えているのです。というのも、例えば、皆さんはペットボトルと水とを別々に認識すると思いますが、「飲む」という動作があることで、ペットボトルの水を飲むことの全体性が発見できます。衣食住の繋がりを表現できるのは、その「動作」ではないかなと思っています。
新居さんの場合、モノと身体を分けるのではなく、モノと身体の媒介項として「動作」に着目している。その「動作」がどう形に表れるのか、それを記述する上でのツールのひとつが、「ノーテーション」ではないか。建築では、図面を描いたり、模型に置き換えたり、様々なメディアを横断して「翻訳」していくことをします。このような思考の展開の仕方は、「建築的思考」のひとつと言えると思います。
結局何が我々にできるかといえば、それは、お客様の想像力を借りることであり、それが舞台の表現だと思います。つまりリアルなことばかりを求めると、映像には敵わないんです。舞台には舞台ならではの表現がある、と考えます。
私にとっては、舞台上の出来事が、観客にとって信じられるものであるかどうか、物語を伝えているか、が最大の関心事です。
現在は、ファッションにはスピードと量があると思っています。(ファッションショーも)一人のモデルが順番に登場して、それを吟味するのではなくて、同時にいろいろなモデルを見る状況です。インターネットもありますし、何かすごい情報量が複雑に交差しているという感想をもちました。逆にいえばデザインの一つひとつではもう勝負できないなという現状を感じたのです。デザインが、面白い造形とかだけでなく、それ以外で勝負するような部分を探さないといけない状況にあって、これからどこに行くんだろうと考えています。
複数の場面の「同時閲覧性」は、スマホやSNSの視聴の仕方と親和性があって、スマホの画面ひとつのなかでも同時に複数のアプリやウィンドウが立ち上がっているし、僕たちはさまざまなメディアを同時に使って情報を得ることに慣れています。
デザインする人とデザインされたモノの一対一の関係がもう限界に達していて、そこにどう他者性を織り込んでつくり上げるかが、もしかしたら次のフェーズになるかもしれない
一個のことに集中することと複数のことを同時に並行することの比較は、「ken-tic 建築的思考から」がサブテーマにしている、ひとつのディシプリンを極める「専門性」と複数のディシプリンを横断していく「学際性」の比較の話にもつながります。
本来は、それぞれの専門家が集まって学際が生まれたわけですから、学際そのものが専門である、ということはあり得なかった。そして、そういう学際的取組みが10年、20年経ってきて、じゃあ次の世代はどうなっていくのか。
上の世代と僕たちの世代は何が違うかというと、学生時代から「学際」が制度化された研究・教育機関で教育を受けてきたということです。そうすると、僕たちの世代が、上の世代とは異なる何を提示できるのかというのが、学際的な研究・教育機関の成果として問われることになります。ジャンル間の境界線が不明瞭な領野もあるのではないか。未開拓の領野であればあるほど、そうなのではないか。その場合は、「漂流」しながら、手探りで進んでいくしかありません。
どんな作曲家でも、我々が21世紀につくった芝居に、まるで彼らが作曲してくれたかのように見せるのが目標です。つまり、音楽に合わせて芝居をつくったのではなく、芝居に合わせて古典の作曲家が曲をつけた、と思えるような、音楽と協調した演出を目指したい。
本を読んで情報として知るだけではなく、経験することで刺激される、想像できることがある。ファッションの仕事はほとんどの人が外注するわけですけど、それを全部外注せずに、自分でやってみることも大事です。
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