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第5回

コミュニケーションへ

2017.07.14

GUEST PROFILE

柴原 聡子
Satoko Shibahara

1979年生。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院建築学専攻修了。修了後、クリエイティブディレクター小池一子のアシスタント、NAP設計事務所や東京国立美術館広報を経て、2015年よりフリーランスの編集・企画・執筆・広報として活動。建築やアートにかかわる記事の執筆、印刷物やウェブサイトを制作するほか、展覧会やイベントの企画・広報も行う。企画した展覧会に「ファンタスマ――ケイト・ロードの標本室」(東京大学総合研究博物館小石川分館 2010)、「スタジオ・ムンバイ 夏の家」(東京国立近代美術館 2012)など。現在は、アーティスト高山明の作品記録・編集や特定非営利活動法人 芸術公社の事業の広報などを担当。また、マガジンハウス『GINZA』のウェブサイトginzamag.comにて、アート記事を定期執筆中。

戸田 史子
Fumiko TODA

1976年生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、早稲田大学建築学科に編入。建築学科在学中から旅で訪れていたベルリンの魅力にとりつかれ、2002年より3年弱在住。ポツダム専門大学建築学部文化政策学科に籍を置きつつ、日独にまつわる様々なプロジェクトに従事。帰国後はBankART1929を皮切りに、(株)プリコグ、フェスティバル・トーキョー、infusiondesign.inc、NPO法人芸術公社等に所属・業務契約。パフォーミング・アーツ業界を軸足に、アート・音楽問わずジャンル横断的に数多くの制作・コーディネートを行う。現在はフリーランスとして、現場主義をモットーに、高山明/Port B の国内外プロジェクトの制作・コーディネートや、各地舞台フェスティバルの制作、海外アーティストの国内公演制作、その他、舞台字幕監修や映像翻訳(『ピナ・バウシュ 夢の教室』、2012 等)なども行う。温泉、日本酒、登山をこよなく愛す。

REVIEW

第5回「コミュニケーションへ」レビュー

全体を包括しつつ、全体の一部であること

編集者 柴田直美

コミュニケーションを仕事にする

コミュニケーション能力、コミュニケーション障害、などの言葉が一般化してきている。また、PM(プロジェクト・マネジャー)という職種も周知されつつあり、人間関係や仕事において、コミュニケーションが大切であると言われるが、コミュニケーション自体が仕事の中心であるとはどういうことか。

このところ、編集と展示コーディネーターの仕事が多い私は、ちょうど柴原聡子さん(編集/執筆/広報)と戸田史子さん(コーディネーター/制作/翻訳)、お二人の仕事を半分ずつしているようなものかと思っている。

「何の問題も起きていない」状態をつくる

編集は読み手にどう伝えるか、展示コーディネートは来場者にどう伝えるか、広報は社会にどう伝えるか、全てコミュニケーションのマネージメントである。価値観が違う、(文化的)背景が違う、常識が違う、使っている言語が違う、時差があるなど、あらゆる差異を埋める業務とも言える。情報が整理され、リスクが管理され、現場が円滑に動くように働く。つまり、何ら問題がなく、それを管理している人のことは意識されない状態こそが、最高のパフォーマンスが発揮されている状態である。

場のクオリティを上げる

戸田さんが、自身がコーディネーターとしてやるべきこととして、「場のクオリティを上げること(空気をあやつること)」と挙げていた。関わっていた演劇の制作中に演出家の一言で場の空気が変わったという体験によって気がついたという。

確かに現場の空気はとても大切である。関わっている人たち自身がつくっているものに納得し、やりがいを感じていることでチームの力がさらに発揮される状況が生み出される。現場の人たちがわくわくして、どんどん良くしようとするような気持ちがこもったものであるかどうかは、最終のアウトプットの場の空気として感覚的に人に伝わる。

領域を超えて

川添さんからお二人への「建築設計のような3次元的なデザインが実現しない仕事の場合、何にそんなに夢中になれるの?」という質問は、自問するのにもとてもいい機会であった。そういった視点が思いもつかなかったほど、私にとってはやりがいがある仕事であり、「領域を超えて行くと専門性がなくなっていくのではない。また、領域を超えようと思わず、領域の接点を観察する目を磨くようにしている。」という柴原さんの言葉に大変勇気づけられた。独立以来、プロジェクトごとに役割が異なり、自身の領域が定まらず、自分でもうまく説明がつかず困ることもあった。自分の専門性はこれ、と明言できることはさっぱりして気持ちがいいと思うが、いくつかの領域にまたがって働いていくと、どこでも共通する自分の核のようなものが見えてくる。それが意外と建築教育で学んだ「他人との協働」だったり、実現したいものと現実との折衝だったりするのでは、とお二人のやりとりを聞きながら、思った。

建築的思考とその先

学生時代に身につけた建築的思考が何か役に立っているかというと、お二人が指摘していた「目に見えないことを動かす=同時並行で動かしている」という点は建築設計に通じると私も思う。編集ではそれが自分の内で、コーディネートでは周りの人々の間で起きている。具体的には、全体を見渡してうまく回っていないところ、抜けているところの「球拾い」がコーディネーターとしての私の仕事だと思っているし、編集作業中は、台割(本の設計図)に立ち返り全体を見通すことを繰り返す。建築設計に必要な俯瞰的な視点が教えてくれることは多い。

柴原さんがスタジオムンバイの《夏の家》(東京国立近代美術館、2012年)の制作に関わった際に、「場をどう作るか」を話し合ってつくったということは、設計していなくても自身を建築家と呼んで良いのでは、と思い始めたというのはとても興味深かった。確かにインスタレーションをつくるアーティストの作品が実際に制作した技術者たちの作品ではなく、それを思考したアーティストの作品であるとすれば、建築的思考を持って何かを成立させたのであれば、その人は建築家と呼ばれるのかもしれない。

日本の建築教育に実際の建築設計以外の仕事に関係するものがあった方がいいかということについては確かにあれば設計以外の職業に触れる良い機会とも思えるが、私は日本の建築教育が他の国に比べて劣っているとは思わない。現在、世界的に活躍する建築家をこれほど輩出している国は他にはないし、他の国の教育は自由であるように見えるが、「自由であること」を強要されているようにも見える。

ただドイツで学んだ戸田さんが「ドイツでは枠組を変えて行くことをためらわない」と言っていたように、私が以前暮らしたオランダでも「やりたいと思えば何でもできる」という気持ちを大切にしていると感じた。例えば、建築学科を出たからといって建築家にならなくては、とは全く考えていないと思う。建築学科で学んだことを強みにしながら、軽々と別のキャリアを築いていけると考えるだろう。

全体を聴きながら、リズムを刻む

戸田さんが「ドラマーのようなもの」としてコミュニケーションに関わる仕事を表現していたが、リズムを刻みながら、全体を聴いて、他のバンドメンバーが演奏しやすいように、聴く人が音楽に入りやすいように、テンポを上げたり下げたりするドラマーは、全体を見ながら効果的な一部であるように考えて働くコミュニケーションの業務とよく似ている。そして、私自身、学生時代にドラムを担当していたことを思い出し、元来そういう性質なのだと腑に落ちた。

執筆者プロフィール
柴田直美
NAOMI SHIBATA

1975年名古屋市生まれ。
1999年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。
1999〜2006年建築雑誌「エーアンドユー」編集部。
2006〜2007年オランダにてグラフィックデザイン事務所thonik 勤務(文化庁新進芸術家海外研修制度)。
以降、編集・キュレーションを中心に国内外で活動。
2015年パリ国際芸術会館(Cité internationale des arts)にてフランスにおける建築関連のアーカイブと展覧会施設について滞在研究。
www.naomishibata.com